新約聖書
実はここのところずーっと新約聖書を読んでいた。仕事や普段の生活の合間に読んでいたので、読破するのにだいたい3週間くらいかかった。過去にも何回か読破していたのだけれど、社会、あるいは世界の知識を得、人生を経験していくことによって、更に新しい発見や気付きをもたらしてくれるのが聖書でもある。
「正しい宗教観、正しい世界観を得るために」と牧師から個人教授を受けられていたのは、個人的に幸せだったなと思う。少なくとも即席いんちき宗教に囚われることはない。
日本の安保闘争を戦ってきた共産主義の叔父さんがいる。私に唯物論を説いたが、私は否定した。マルクスだってレーニンだって所詮はユダヤ教徒だったということを知ってか知らずか、ある時「神様はいるのかもしれないな」と漏らした。
この世の支配者(世界の人口のわずか数%の富裕層)というのは、必ず敵対勢力を作らせ、双方に武器と資金を提供し、双方を戦わせ、弱らせた挙句に全てを奪い取る。
活版印刷の普及によって宗教革命が起こったように、インターネットによる情報は次世代への革命に至る。何が正しいのか。人類が何を失敗してきたのか。今後どうして行かなければならいのか、真理から目を逸らせる手法を含めて見極める知識と知恵が必要になる。
その目を養わせるのは、何のことはない、身近にある様々な「愛」である。
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