まぁ、なんといいますか、思い浮かぶことをだらだらと書いてまいります。少しお酒が入りましたので、乱文乱筆はご容赦ください。私、女性に何かを頼るなどということを、恥のようにおもつてまいりましたでございます。紛れも無くわたくしは母の胎内から産まれましたので、それは男の一人よがり。驕りとしか言いようがありません。が、しかし、男としてのプライド、メンツなるものをどこかに作りそれを付加価値とし、一種の心の支えにもしておりましたでございます。
さて、男と女の究極を描くものが皆様ご存知、旧約聖書の創世記にあるアダムとイブの失楽園物語でございますが、もう一つ、イエス・キリストの母であるマリアの処女降誕と、売春婦であったとするマグダラのマリアのお話でもございます。映画ダビンチコードや最新作「天使と悪魔」で様々な憶測が飛び交っておりますが、この世に男と女しかいない以上、永遠の課題、話題なのであります。
ユーミンこと松任谷由美、旧姓荒井由美さんが作詞・作曲した曲の中に、
「男はいつも最初の恋人になりたがり、女はいつも最後の愛人でいたいの」
という歌詞がありました。これこそ男と女の究極の違いでもあるのかと思うのわけであります。根本的に思いが違うのであるからこそ、相手の気持ちを洞察しながら思いやる、「愛情」が生まれてくるわけでございます。
さて、私の住む団地にはたくさんの小学生達がおります。男の子も女の子も良く家にやってきます。男の子はちょっと乱暴な扱いをしてあげると喜びます。一緒にサッカーをしてやるのも喜びます。
女の子はピアノを弾いてあげたり、ピアノの演奏を聞いてあげたりするのも喜びます。たまに、「お母さんに買って貰ったの、見て!!」と見せパンツを見せにやってくる女の子がいますが、その光景は他の世間様に誤解を受けそうなので、困ることがあります。一応「可愛いね」と返しまする。
さて、こんな事を書いておりますのは、容姿のことを両親にに恨みつつも、なんとなく、いろんな女性に愛されたなと思うからであります。お叱りも受けましたし、励ましや夢もいただきました。それは大変に感謝でございます。決して性的な関係がなくても友情が有りえると最近特に確信しているのでございます。
そして、そこに精神的で、なおかつ神聖なる一致性への喜びを感じるわけでございまます。
そうして、また一つ感謝がうまれまする。
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