最近のトラックバック

フォト

« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »

2008年8月

軽い話題ね

デュエルマスターズのルールをなんとなく覚えてきた。息子との戦績は2勝5敗くらいかな。

息子の骨折は順調に回復。9月8日にはワイヤーを抜き取る予定。

ビリーズ・ブートキャンプの腹筋プログラムはきついけど、やっぱり次の日はすっきり。

今週末は4連休になるので、全プログラムやろうかな。それと、ちょっとピアノ弾きたい。

もうすぐ運動会シーズンだなぁ。小学校と地区の運動会に行こう。

今年の春まで息子が通っていた保育園は教育熱心。算数、国語、英語、論語、格言やことわざも覚えてきた。

私の顔を指差して「貧乏、暇なし」と言った時には張り倒そうかと思ったけど、まぁ、そんなところかな。^^;;;

お悔やみ欄と戦争と終戦

新聞のお悔やみ欄を見るようになったのは、同世代の人たちの自殺が多くなったからだと思う。40代、50代、更にそれ以下であると、何か有ったんだろうなと余計な推測する。会社のイントラネットの訃報欄に、御尊父、御母堂ではなく、本人として掲載されることもまれにある。今年は同じ職場の50代の人が癌で亡くなった。人間ドックで大腸癌が見つかり即手術、その後転移がみつかり、2度ほど切除のための手術したが、3度目の転移で手術することを止めた。「僕はもうダメなのは分かっているんですよ、これ以上臓器を取っても助からない」。職場で自ら抗がん剤を投与しながら仕事をこなし、帰らぬ人となった。

新聞のお悔やみ欄を見て、名前と年齢を確かめ、80代、90代となれば、まぁ大往生なのだろうとなぁと思いあまり気にしていなかった。しかしながら、先の大戦の生き証人がこの世代なのだろうと思うと、死ぬ前にお願いしたいことはある。第2次世界大戦、或いは太平洋戦争、或いは大東亜戦争、日中戦争、支那事変の世代として、様々な立場から経験した「事実」を残しておいて欲しいと願うのである。脚色でも批判でもなく「真実」を。

祖父は、毎日黒塗りの車で部下に送り迎えされていたらしく、それなりに偉かったらしい。しかしながら自分の階級も戦争の事も殆ど口にしなかった。その祖父が「支那事変従軍記章」という銅メダルの勲章を持っていたことから、もしかしたら中国にも渡っていたのかもしれない。が、詳しい事は何も話さずこの世を去った。

そんな祖父でも語ったことはあった。終戦間際は今のひたちなか市海浜公園付近(訓練のための飛行場であり、後にアメリカ軍に接収された。私が子供の頃はアメリカ軍による射爆訓練が行われており、爆撃の音が身近に聞こえていた)に勤めていたらしい。特攻隊に行くために若い兵士が飛行訓練をしていた。訓練をするための飛行機はいつ落ちてもおかしくは無いハリボテ。度々離陸後空中分解して墜落した。祖父は少なくとも2機が落ちたのを自らの目で見た。無駄に若い命を失った。それが祖父から聞いた唯一の戦争の一コマ。

その反面、祖母は良く話をした。

家の周りを何度も低空で旋回して行く飛行機があったので表に出てみると、飛行機を操縦しているのは間違いなく甥っ子で、こちらを向いて敬礼をしていた。私も敬礼をすると、それを確認したように飛び去って行った。(その甥っ子は特攻で戦死)

終戦間際、飛行機の音がしたので、屋根に登って手を振ると、大編隊全てが米軍機だった。米軍機は「○月X日に空襲をするので、避難されたし」といった空襲予告のビラを散布していった。そのビラが撒かれると日本兵が回収に来たが、予告通りB29の空襲があり、焼夷弾で家は全焼した。祖父はすぐさま自転車で軍部に向かったそうだが、祖母は家財を見捨て、幼児一人の手を引き、もう一人をおぶって炎の中を逃げ惑ったそうだ。八方塞りとなり、いよいよ観念したところで一人の兵隊さんが消火しながらやってきて祖母を誘導し助けてくれたそうだ。

先日、息子に「昔、日本とアメリカが戦争して日本が負けちゃったんでしょ?」と聞かれた。イデオロギーやプロパガンダ、脚色は抜きにして、何が事実か、何故か、戦争の本質とは何なのかということを出来る限り正しく子供達に伝え残したいと思う。

自宅の庭でバーベキュー

Niwa

今日は近所に住む息子の同級生と、そのお兄ちゃんを呼んで、自宅の庭でバーベキュー。夜はデュエルマスターズのデュエル大会となった。(パパは横目で見ながらちょっとだけルールのお勉強)

昨日まさおっちゃんに来てもらったのと、今日の出来事で息子も普通の元気さに戻りました。^^今年の夏はこれで終わったかなぁ。明日からまた仕事だぁ。もう一回くらい花火を見に行くかなぁ。そうだ、団地の草刈と小学校の奉仕作業があったんだっけ。

ちなみに息子が落ちた展望台。こんなところでした。

Tenboudai

(終戦記念日に平和を祈念しつつ)

夏休み

9連休のはずの夏休みも、何だかんだと言って3日くらいしか休めそうに無い。(とほほ)

本当は、海に山にプールにと考えていたけれど、仕事も遅れ気味だし、息子が骨折したし、今年の夏休みは地味に行こう。

四十肩、五十肩は相変わらず痛い。医者からもらった薬を、飲む、貼る、塗るして、ストレッチ体操をしていたら、少しは動かせる範囲が増えてきた様に思う。

Inaho今朝早くから近所の田んぼの周りをウォーキングしてきた。特に手を大きく振りながら....^^ 

(田んぼの稲穂もやや垂れ下がって来たよう)

この田んぼの周りにはいろいろな種類のトンボが居て面白い。

Haguroその中でもハグロトンボは面白い。

何かに留まっているとき、黒い羽をゆっくりと縦にたたんだり広げたりする。飛ぶときはその羽をパタパタとやるのだが、何か品のあるゆっくりとした動作をする。水辺で10匹~20匹くらい群れになっているのを見ているととても幻想的な雰囲気がある。

この田んぼの周りでは、たまにいろいろな生物を写真に撮ったりしているのだが、時には遭遇したくないやつもいる。(種類は分からない)

Hebi 明日はお庭でバーベキュー予定。

あ~あ、やっちゃった。

息子、公園の展望台から飛び降り、右腕骨折。

折角の夏休みなのに、明日から入院。

運動神経はいいほうで、危険なことも怖がらない。

いつかやるかなぁとは思っていたけど.....。夏休みにやるなよぉ。

....少しは親の言うことを聞くようになるかなぁ。

学校キャンプ

01tento小学校のすぐ隣、殆ど校庭とも言えるところにに杉林があり、そんなところで催されたおやじの会キャンプに行ってきた。

夕方は飯盒炊飯でカレーライス。スイカ割り、餅つき、夜は大きなスクリーンを使った映画会、花火、........肝試しは急遽中止になってしまって残念、その代わりビンゴゲームが白熱。

02hangou 夜も更け、子供達が寝静まってからが大人の時間(^^;;;

酔っ払いおやじがあちらこちらに出没。PTA会長や教頭先生が張り切っておりました。

 

Eiga

翌朝は早くに起されラジオ体操。おにぎりと味噌汁、流し素麺が朝ごはん。レクリエーションをしてお開きとなりました。

今回初めて参加。来年も行こうかな。^^

« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »