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2006年3月

木更津

Kisaradu 千葉県は木更津に行ってきた。京葉線の電車には初めて乗った。東京駅では随分と歩かされる。特急さざなみ号は乗りやすい。にぎやかそうな東京ディズニーランドを横目に上総へ。

 最近戦国時代ものの本をいろいろと読んでいたが、千葉県はどんなだったかと思いながら列車に揺られていた。元々上杉の支配下であったが、その力が弱まると武田氏(真里谷氏)、正木氏、酒井氏などのライバルがいる中、里見氏が台頭した。

kisaradu2 さて現代ではどうなのだろう。地元の人に聞いてみると、潮干狩りが盛んらしい。

電車くん

 近所に出来た鉄道模型専門店「電車くん」にいってきた。去年廃線になった「日立電鉄線」の車両も展示されている。

 http://www.denshakun.shop-site.jp/

 子供にせがまれ、屋根裏部屋に眠っている鉄道模型を取り出した。

mokei

Linuxで遊ぶ

 息子はこれまで順調に(というか順番にというか)子供のかかる病気にかかっている。先日までりんご病で、それが直ったと思ったら今度は水疱瘡だ。仕方なく仕事を休んで付き合っている。 

 暇を持て余したので、昔買っていた雑誌「日経Linux」のCDの封を開け、パソコンにインストールして遊んでいる。Linuxは随分と使いやすくなった。

 その中でも KNOPPIX は面白い。どこまでつかえるのか試してみよう。

http://unit.aist.go.jp/itri/knoppix/index.html

諜将 山本勘助

南原幹雄著の「諜将 山本勘助」を読み終えた。

前半は史実的背景の中でその人物像を描き、第4回川中島の戦いに突入していく。対陣する越後軍に対し啄木鳥戦法を提唱したが、敵大将上杉謙信に見破られ味方に大損害を与えた。その責任として突撃し戦死したというのが通説だ。小説後半はフィクションである。小説では戦場で傷を受けた勘助が上杉方の女忍者に助けられ、謙信に庇護される。(この発想は面白い。記録が少なく実在に疑いを持つ人が多い。敵方に寝返ったということであるならば、甲陽軍監から名前が抹消されていくというのもまんざらではない)小説の勘助は天下分け目の戦いの軍師を夢見る。今川義元、武田信玄、上杉謙信が相次いで死去し夢がたたれ、結果光秀にけしかけて信長とともに本能寺に果てる。

 後半は殆ど創作だが、物語としては面白かった。どうせなら、信長を連れて本能寺を抜け出し.....。も書いて欲しかったが、勘助の年齢を考えると無理があるのだろう。

 久しぶりに創作の多い小説を読んで空想の世界を楽しめた。

 上杉謙信のことは概略しか知らない。義の武将であるということも納得がいく。いつかよい書籍を見つけたい。

山本勘助

新田次郎著、小説「武田信玄」がNHKの大河ドラマで放映されていた頃、その足跡を辿って甲府、長野を旅したことがあった。その後も幾度となく長野へ旅をした。躑躅ヶ崎館跡、恵林寺、大河ドラマのロケ地となった小淵沢、諏訪湖、諏訪大社、松本城、川中島合戦場跡、海津城、善光寺、真田家ゆかりの松代、上田、更には沼田、思い出すときりがない。直接信玄とは関係ないかもしれないけれど、勝沼のワインシャトー、美ヶ原高原美術館、菅平、白樺湖など良いところがたくさんある。

砥石崩れで大失敗をする若き晴信など、小説上に描かれた人物に興味を持ったのと同時に、武田信玄が研究し戦略に用いたという「孫子の兵法」にも興味を持った。

 「孫子の兵法」の解説本をいくつか読んでみた。断片的には理解できるが、あらゆる局面の中で何を判断し適用させるのかは大変難しい。「上善如水」が究極なのだろうとは思うけれども、現実の状況を思い出しても判断出来ない自分の未熟さも感じた。戦国時代にあって「風林火山」に要約出来たのは快川和尚のすごさもあるのだろう。

 長野県は飯田市出身の大先輩が「諜将 山本勘助(新潮文庫 南原幹雄著)」という本を貸してくれた。実在したのか定かでない、武田家の軍師。川中島合戦場の片隅にひっそりと墓石があるのを見に行ったことがある。

 数日読書に没頭しよう。

サラリーマンが2度泣くところ

両手に重い荷物を持ち、旧千歳空港駅に降り立ったのはもう十数年前。1月、駅のホームに出ると寒いというよりは痛い。凍てつくというやつだろう。仕事の都合とはいえ「何て所へ来てしまったのだろうと」と正直思った。

 やがて...冬は寒いけれども、人は暖かい。おいしいものもたくさんある。ちょっと遠出をすると美しい景色もたくさんある。そんな街に魅了された。

  1年とちょっとの赴任期間が終わり、元いたところへ移動になった。「北海道はサラリーマンが2度泣くところだ」と誰かに聞かされていた。つまり赴任時「何て所へきてしまったのだろう」と泣き、帰るときに「もう帰りたくない」と泣くのだそうだ。なんとなく実感した。

AtSapporoS

北の大地からの「お便りは」いろいろな思い出を蘇らせてくれる。

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