最近のトラックバック

フォト

春よ来い

P2050671_2
 
Img_0937
 

Shijyuull1

 
Yamagara
 
   
 
 

公園にて

Img_0919

 
Img_0916
 
Img_0920
 

いつもの筑波山

P1070483

 
P1070494
 
P10705111
 
P1070513
 
P1070514
 
P1070521
 
P1070527

正月

旧約聖書から読み解く正月

旧約聖書をザクッと突っ走ります。(超特急)
アダムとエバ(イブ)との失楽園物語(中略)、ノアの方舟物語(中略)、信仰の父アブラハムの物語。
 
アブラハムの子イサク、イサクの子、ヤコブ。このヤコブが天使と取っ組み合いをして勝利します。そうして与えられた名前がイスラエル。ヤコブ(イスラエル)には12人の子供がいました。末っ子のヨハネはヤコブに溺愛されました。ところがヨハネは兄たちに恨まれ、通りかかった商隊に売られてしまうのです。ヤコブは悲しみますが、もはや探す術もありません。
 
あるときヤコブとその子供たちが住んでいる土地で飢饉が起こります。そしてヤコブの家族は豊潤なエジプトに移り住むことを決意するのです。そうしてヤコブの家族がエジプトで見たものはエジプト王、ファラオの臣相となった末っ子ヨハネの姿でした。ヨハネの功績によってヤコブの家族は高待遇で迎え入れられたのでした。
 
やがて時が過ぎ、エジプトにはヤコブ(イスラエル)の12人の子孫が増えました。エジプトの王ファラオも世代交代していったのですが、そうしていく過程のなかで、ヨハネの功績は
忘れ去られ、ヤコブ(イスラエル)の子孫を奴隷として扱う様になっていきました。
奴隷と化したイスラエルの民の苦しみは如何ばかりであったか、その祈りは神に聞かれ、エジプトにモーセ(=モーゼ、モーゼス)が生まれます。モーセもヨハネ同様エジプトの臣相となります。神はイスラエルの民を奴隷から解放するために、モーセを遣わします。あらゆる災害をエジプトに起こしファラオを揺さぶりますが、ファラオの心はかたくなままです。最後の災いとは、神がエジプトの長子(長男)を皆殺しにするという災いです。
 
神がイスラエルの民に告げられたのは「イスラエルの民には危害を及ぼさない。イスラエルの民だとわかるように、家の入口の柱と鴨居に羊の血を塗りなさい」ということです。その標し、その家には災いを及ぼさないという約束です。その家には災いが過ぎて通る。=過ぎ越しと言います。
 
神がエジプトの長子(長男)を皆殺しにする夜。寝てはいけない。起きていて神の業を見ていなさい。(大晦日)
翌朝、自らの長子(長男)を殺されたエジプトの王ファラオはついに奴隷解放を約束をするのです。
 
イスラエルの民の奴隷解放の時、これが正月なのです。
 
そして、日本にあるあらゆる言い伝えが酷似してもいるのです。
 
この月をあなたがたの初めの月とし、これを年の正月としなさい。(出エジプト記12:2)
 
紀元前1250年頃のお話です。

久々の運転

ユダヤ人の指導者「ニコデモ」

Img_0787_2
 
ヨハネによる福音書(口語訳)  3:1~
 
------- 夜中にこそこそと会いに来るユダヤの指導者と救いの道の奥義 -------
 
パリサイ人のひとりで、その名をニコデモというユダヤ人の指導者があった。
この人が夜イエスのもとにきて言った、「先生、わたしたちはあなたが神からこられた教師であることを知っています。神がご一緒でないなら、あなたがなさっておられるようなしるしは、だれにもできはしません」。
イエスは答えて言われた、「よくよくあなたに言っておく。だれでも新しく生れなければ、神の国を見ることはできない」。
ニコデモは言った、「人は年をとってから生れることが、どうしてできますか。もう一度、母の胎にはいって生れることができましょうか」。
イエスは答えられた、「よくよくあなたに言っておく。だれでも、水と霊とから生れなければ、神の国にはいることはできない。
肉から生れる者は肉であり、霊から生れる者は霊である。あなたがたは新しく生れなければならないと、わたしが言ったからとて、不思議に思うには及ばない。風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞くが、それがどこからきて、どこへ行くかは知らない。霊から生れる者もみな、それと同じである」。
ニコデモはイエスに答えて言った、「どうして、そんなことがあり得ましょうか」。イエスは彼に答えて言われた、「あなたはイスラエルの教師でありながら、これぐらいのことがわからないのか。よくよく言っておく。わたしたちは自分の知っていることを語り、また自分の見たことをあかししているのに、あなたがたはわたしたちのあかしを受けいれない。
 
------- イエスを擁護するユダヤの指導者 -------
 
7:41
ほかの人たちは「このかたはキリストである」と言い、また、ある人々は、「キリストはまさか、ガリラヤからは出てこないだろう。キリストは、ダビデの子孫から、またダビデのいたベツレヘムの村から出ると、聖書に書いてあるではないか」と言った。こうして、群衆の間にイエスのことで分争が生じた。
彼らのうちのある人々は、イエスを捕えようと思ったが、だれひとり手をかける者はなかった。さて、下役どもが祭司長たちやパリサイ人たちのところに帰ってきたので、彼らはその下役どもに言った、「なぜ、あの人を連れてこなかったのか」。下役どもは答えた、「この人の語るように語った者は、これまでにありませんでした」。パリサイ人たちが彼らに答えた、「あなたがたまでが、だまされているのではないか。役人たちやパリサイ人たちの中で、ひとりでも彼を信じた者があっただろうか。律法をわきまえないこの群衆は、のろわれている」。
彼らの中のひとりで、以前にイエスに会いにきたことのあるニコデモが、彼らに言った、
「わたしたちの律法によれば、まずその人の言い分を聞き、その人のしたことを知った上でなければ、さばくことをしないのではないか」。彼らは答えて言った、「あなたもガリラヤ出なのか。よく調べてみなさい、ガリラヤからは預言者が出るものではないことが、わかるだろう」。そして、人々はおのおの家に帰って行った。
 
------- イエスの死体を丁寧に扱うユダヤの指導者 -------
 
19:38
そののち、ユダヤ人をはばかって、ひそかにイエスの弟子となったアリマタヤのヨセフという人が、イエスの死体を取りおろしたいと、ピラトに願い出た。ピラトはそれを許したので、彼はイエスの死体を取りおろしに行った。また、前に、夜、イエスのみもとに行ったニコデモも、没薬と沈香とをまぜたものを百斤ほど持ってきた。彼らは、イエスの死体を取りおろし、ユダヤ人の埋葬の習慣にしたがって、香料を入れて亜麻布で巻いた。イエスが十字架にかけられた所には、一つの園があり、そこにはまだだれも葬られたことのない新しい墓があった。その日はユダヤ人の準備の日であったので、その墓が近くにあったため、イエスをそこに納めた。
 
ニコデモによる福音書というものがあるらしいが読んだことはない。
おそらくグノーシス主義の創作として扱われているかと思う。
 

Suzume

 
Img_0777
 
Img_0779
 
Hakuchou1
 
なんだか可愛い。
飛ぶ鳥の喩え。
 
 それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。命は食物にまさり、からだは着物にまさるではないか。
 空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。マタイによる福音書 6章25節から34節

花貫渓谷

Pb230420

 
Pb230419
 
Pb230433
 
Pb230441
 
Pb230434
 
Pb230442
 
Pb230448
 
Pb230405
 
Pb230450_2
 
Pb230406
 
 

Pb120355

△龍神渓 籠岩山あたり。
Pb120352
▽自宅のモミジ
Pb200390
 
Pb200395
▽常陸秋そばを打つ
 
Img_0745

穏やか。

P6020087

 
P6020088
 
P6020089    
 
 
P6020086
 
   
 

宿根草も咲いてきた。

P4210883

去年買って植えた宿根草。おまかせ24ポット。咲き始めました。
ブルンネラジャックフロストだそうです。

自宅の庭に鳥の餌場を作った。

大体一週間で雀たちがやってきてます。

P3200771
ヒヨドリも
 
P3210786
 
オマケ、春。
 
P3200733

ブログを更新していない間に春が来そうだ。

P2280641

 
P2280640

いろんな音楽を楽しんでいます

Photo

音楽室になりつつある一室。

良いお年をお迎えください。

P2140248

筑波山にて

Img_0261

篭岩山から

Pb280398

 
Pb280410
 
Pb280408
日光も冠雪
Pb280406
富士山も。

小生瀬 地獄沢

先日登った低山、生瀬富士。袋田の滝を眼下に更に上流の生瀬の滝に至る。更に上流を渡渉し月居山を経由して帰路に就く。そんな行程を社内で紹介したところ、その麓の地区「旧小生瀬村」の壮惨な歴史を紹介してくれた人がいた。その物語が小説にもなっているという。時代は関ヶ原の合戦後、佐竹氏転封によって水戸徳川家の支配になった頃、検地、或いは年貢の取り立てに起因して、村人が抵抗。水戸徳川家による一村皆殺し事件があったと言うのである。「神なき月十番目の夜」飯島和一箸。小説を読み終えた時点でその現地「地獄沢」と呼ばれるところに赴いてみたが、もはや笹薮が生い茂り人の入り込める余地は無かった。前途を塞ぐ笹薮の手前では猪の掘った穴と泥浴した跡だけが残っていた。民家の庭先で農作業をしていた老夫婦に尋ねると「そこから四、五百メートル先が地獄沢、もはや人が入るのは無理」という言葉と同時に入ってはならないという視線と表情が感じ取れた。

Img_00491
 
Img_0232
 
Img_0234
 
Img_0235
 
Img_0236
 

茨城空港

Pb150301

久しぶりに水戸に行ったら、北朝鮮からミサイルが飛んできた。
Pb150313
と思ってよく見たらT4が6機。ブルーインパルスに間違いない。
Pb150324
百里基地まで行ってみたがそれらしき機体は無い。
茨城空港に行ってみたら、空港は中国人に占領されていた。
Pb150330
 
Pb150336
こんな小さな飛行機で上海まで行くのね。
着陸から飛び立つまで一部始終を見ていた。
Img_0139
 
Pb150341

常陸秋蕎麦を二八で食べる。

Pb140290
だんだん食えるものが出来るようになってきた。
Img_0122_3
 
Img_0124
 
Img_0127
 
Pb140292
 

«バジルの花